日本語で徹底解説

実践取引編

実践取引編
【図1】小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(2019年、春秋社)

IPO実践ケーススタディ―IPO実務検定上級レベル試験[記述式問題]公式テキスト

日本IPO実務検定協会(にほんあいぴーおーじつむけんていきょうかい)
[プロフィール]
上場(IPO=Initial Public Offering)準備に必要な実務能力を認定する我が国初の試験であるIPO実務検定試験®、上場後の開示(ディスクロージャー)や連結決算の能力を認定する財務報告実務検定®(開示様式理解編、連結実務演習編)、及びこれらに付随する研修制度の運営等を通じ、上場準備実務担当者や上場企業の財務報告担当者の育成・教育を担うことを目的としている。

フォーサイト総合法律事務所(ふぉーさいとそうごうほうりつじむしょ)
[プロフィール]
2011年1月に開設され、ベンチャー・スタートアップの資金調達(種類株式やストック・オプションの発行を含む)、コーポレート・ガバナンスやコンプライアンス(事業に関する適法性調査・検証、労務管理、知財管理等)を含むIPO準備・IPO審査対応から上場会社法務(開示関連を含む)・M&A(スキーム策定・法務DD、組織再編等)までをシームレスに対応している。

あいわ税理士法人(あいわぜいりしほうじん)
[プロフィール]
2002年11月、藍和共同事務所を母体として設立された税理士法人。約30名の公認会計士・税理士を擁し、会計・税務コンサルティングをはじめ、株式公開支援、事業承継・相続コンサルティングや組織再編・連結納税支援サービスなどを提供している。また、企業買収におけるデューデリジェンス業務や各種セミナーの開催・専門誌への情報提供などを通じ、さまざまな角度からクライアントを支援している。

宝印刷株式会社(たからいんさつかぶしきがいしゃ)
[プロフィール]
上場企業のディスクロージャー関連書類・EDINETデータ作成及びIR活動に関するサポート事業大手。上場予定会社の上場準備から既上場会社の継続開示サポートまで金融商品取引法、XBRL、会社法、IR、投資信託、REIT等ディスクロージャー分野で広範にわたるサービスを提供している。有価証券報告書・招集通知記載例等の作成、各種セミナーの企画等、コンサルティング業務や、XBRLデータ変換ツールの開発等各種ITツールの開発にも注力している。

セミナー・イベント情報

海外企業との継続的な売買、海外での販売代理店の任命や委託製造の手配など、国際ビジネス、
国際取引の様々な場面で必要とされるのが英文契約書です。海外との取引では商習慣や国内法の
違いに起因するトラブルも多く、契約書の作成は重要なポイントです。
本講座では、国際契約を締結するために欠かせない英文輸出入契約書の読み方の基礎(入門編)と、 実践取引編
契約書の作成や契約を締結するための国際交渉のポイント(実践編)について、分かりやすく解説します。

《日 時》
【入 門 編】2021年10月27日 (水)9:30~16:00
【実 践 編】2021年10月28日 (木)9:30~16:00
※一つの講座のみの受講でも構いません。
※昼食は各自でご用意ください(昼休憩:12:30~13:30予定)。

《受講方法》
※現在の申込状況を考慮し、入門編、実践編ともに、
受講方法を「オンライン受講(使用アプリ:Zoom)」のみといたしました。
受講方法は選択制です。
A,Bともに受講にあたっては、チラシの各受講形態に関する「お願い」をご確認ください。
【A】 会場での受講(グランドホテル浜松 2階 白鳥の間 (浜松市中区東伊場1-3-1))
※受付:9:15~
※10/27, 28両日とも同じ会場で開催します。
※駐車場は無料でご利用いただけますが、台数に限りがあります。
公共交通機関のご利用にご協力ください。

【B】 オンライン受講 WEBライブ形式(使用アプリ:Zoom)
※集団受講(端末1台で複数名受講)は禁止します。
※受講にあたっては、チラシの「お願い」等を必ずご確認ください。

《主 実践取引編 催》
浜松商工会議所、ジェトロ浜松

《対 象》
静岡県内に事業所を有する企業・団体にお勤めの方
※講師と同業(講師業・コンサルタント業等)の方は、お断りする場合がございます。

《内 容》
【入門編】国内取引契約と海外取引契約の共通点と相違点/クレーム条項/契約期間条項など
※受講対象者の目安:未経験者 ~ 貿易取引の基礎知識を有する方

《講 師》
中矢 一虎(なかやかずとら)氏
中矢一虎法務事務所(司法書士 行政書士)代表、大阪市立大学 商学部 講師
公益財団法人 大阪産業局 英文契約書専門相談員

《受講料》
会 員:1講座 5,000円(2講座受講する場合 実践取引編 9,000円)
非会員:1講座10,実践取引編 000円(2講座受講する場合 18,000円)
※会員の定義・・・浜松商工会議所会員またはジェトロ・メンバーズ(中国会員、農水会員含む)
※価格は税込。教材費を含む。
※会場受講をお申し込みの方には、講座開催日1週間前を目途に受講票をお送りいたします。
※オンライン受講をお申し込みの方には、10月20日以降、 実践取引編
ご登録住所宛に当日使用するテキスト等をレターパックにて発送予定です。
※開催日1週間を切ってのキャンセルの場合、受講料の返金はいたしかねます。

《定 員》
各講座60名( 会場での受講上限:30名 、オンライン受講上限:30名)
※申込先着順
※お申し込みにあたっては、必ず1名様ずつお申し込みください。
オンライン受講での集団受講(端末1台で複数名受講)は禁止します。

《申込期限》
2021年10月15日(金) ※受講料もこの日までにお振込みください。

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開催日時 2021年10月27日(水) 09:30~16:00
2021年10月28日(木) 09:30~16:00
開催場所 【A】会場での受講(グランドホテル浜松 2階 白鳥の間) 【B】オンライン受講 (使用アプリ:Zoom)
浜松市中区東伊場1-3-1

地図を見る

会員:5,000/1day
一般:10,000/1day
2講座受講する場合・・・会員:9,000円、一般:18,000円

定員 60人
(※申込先着順、※会場受講上限30名、オンライン受講上限30名) 講師 中矢一虎法務事務所(司法書士 行政書士)代表、大阪市立大学 商学部 講師 中矢 一虎氏 対象 静岡県内に事業所を有する企業・団体にお勤めの方 ※講師と同業(講師業・コンサルタント業等)の方は、お断りする場合がございます。 お申し込み方法

※【10/8追記】現在の申込状況を考慮し、入門編、実践編ともに、 受講方法を「オンライン受講(使用アプリ:Zoom)」のみといたしました。
お申込みにあたっては、各講座の「案内&申込書(PDF)」2ページ目以降に記載の、ご希望の受講形態における「お願い」等を必ずご確認いただき、ご同意のうえ、お申込みをお願いいたします。

【信用取引入門:第4回】
最終回は信用取引の実践編!
信用取引のルールと注意点を知り利益につなげよう!

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◎第1特集
キホンからオススメ投信まで大事なコトだけ!つみたて投資入門
●キホン編
つみたてNISAやiDeCoを徹底解説
・つみたて投資は必要?
・どうなれば儲かる?
・どんな人に向いてる?
・何を買ってつみたてるの?
・オトクな制度って?
●実践編
投信を買うならこの1本!を紹介
急落や損した時対処法を伝授!

・どの投信を買えばいい?
・口座はどこで開けばいい?
・いま始めても大丈夫なの!?
・損が出てる! やめるべき?
・つみたての金額はいくらにする?
・家計が厳しいけどやめていい?
●もう始めてる5人に聞いた
つみたてデビューとリアル収支

◎第2特集
波乱や利上げで人気急騰!
割安株で値上がりと利回りゲット!

PART1: 高利回り
・高配当で株主優待も充実!利回りランキング
PART2: 10倍狙い
・不人気&売られすぎ前途有望な話題株
PART3: 底値が堅い
・安全・安心・割安な守りが堅い三安株

◎第3特集
トクするカードの序列が激変!
クレジットカード大全

・最初の1枚
・とにかく高還元
・一定利用で無料
・買物が絶対トク
・特典が魅力的
・投信積立で還元

◎人気連載もお楽しみに!
●10倍株を探せ! IPO株研究所
●自腹でガチンコ投資!AKB48ガチ株バトル
●AKB48武藤十夢のわくわくFX生活!
●株入門マンガ恋する株式相場!
●どこから来てどこへ行くのか日本国
●人気毎月分配型100本の「分配金」

受発注から決済まで企業間取引をデジタル完結--流通サプライチェーンのデジタル通貨活用で実証

初歩から理解するネットワークの基礎(1)--ネットワークの基本を分かりやすく解説

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贈与と失敗がつくる社会──文化人類学と哲学の対話(後篇)|小川さやか+東浩紀 司会=福冨渉

小川さやか 路上商人たちは「人生の保険」という言葉もよく使います。自分ひとりでたくさんスキルを身につけるのではなく、貸しを与えることで、外付けハードディスクみたいにいろいろな種類の人間を周りにつくっていくことです。自分はやりたいことをやりますが、なにかのついでに、周りのひとたちを支援もする。そして、たとえばパソコンが壊れたときに、「昔ラーメンを奢ったあいつはたしかパソコンが得意と言っていた」と思い出して、電話で助けを求めるわけです。

福冨渉 それはコミュニティを作るのとはちがうんですね。

小川 そうです。ただ個人的なネットワークが重層的につながっているだけです。

東浩紀 実践としては、とにかくいろいろなひとに奢っておくということかしら。

小川 奢っておくのはもちろんですが、貸しをすぐ返してもらわないのが大事です。自分が必要となるときまで放置しておく。借りのあるひとたちも、相手が必要とするときまで忘れておく。彼らにとっての貸し借りは、返済の機会が訪れてはじめて、どう返ってくるかがわかるものなのです。偶然に約束が果たされてようやく、約束の存在も意識される。機会が来なければ、貸し借りはたんに「なかったこと」になります。贈与をしてもなにが返ってくるかわからないから、自分に借りを持つ相手をどんどん増やしておく。これこそ「人生の保険」です。彼らはとにかく、稼いだ金を多様な人間というかたちの保険に変えていきます。

貯蓄はしないのですか?

小川 ぜんぜんしません。チョンキンマンションを例に挙げると、1億円を転がしている商人もいれば、たった10万円くらいしかない商人もいますが、銀行口座を開設していない人すらいます。でも、その1億円を転がしているひとは、その金で貸しを増やし、いろいろなビジネスに投資します。ビジネスに投資すれば、たとえその商売に失敗したとしても人間関係だけは広がる。だから貯金はないけれど、なにかアイデアを実現したいと思ったときにぱっと頼れるひとはたくさんいるのです。

福冨 返済の段階まで意識されないのであれば、ほんとうはそんなに大きな貸し借りはなかったんだ、ということにもなりえますよね。

小川 実際、貸しはなんでもよくて、びっくりしないくらいのもののほうがいい。ただ、借りを返す機会がやってきたときには、その返し方が問われます。

福冨 金額の不満ではないんですか。

小川 金額としてはむしろ高額です。でもシュワは不満だった。彼らは贈与を通じて人生の保険をつくりますが、それは出世払いや投資のような感覚とはちがいます。

なるほど、Aは手切れ金を渡したように感じられたわけですね。だとすると怒るのは当然ですね。

小川 その直感を突きつめて、みながたがいに贈与して、必要になるまで借りは返してもらわないということをしたとする。すると、ひとりの個人が複数に分割され、みなが部分的にシェアされた世界が遡行的にできあがります。これこそ「基盤的コミュニズム」にもとづいたシェアの世界です。わたしの部分はだれかのもので、だれかの部分はわたしのものというイメージで、贈与に対する見返りを即時的に期待せず、借りを計算することもできない人格を想定して社会をつくる。

福冨 経済的なパフォーマンスや透明性、広く行き渡る福祉に担保されるような世界より、よほどユートピア的に見えます。

【図1】小川さやか『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(2019年、春秋社)

生と死の複数性

あらためて、ぼくの人間観はとても小川さんに近いと思いました。これは西洋哲学の限界とも関係します。

小川 素晴らしいですね。まさにグレーバーの人間経済的な理解です。彼の言う人間経済とは、人間らしい温かい経済ではなく、「人間の創造や破壊に主要な関心が置かれている経済」のことを指します。東さんの言うとおりです。

西洋哲学は、なぜかこの親子の問題についてほとんど考えていません。リベラリズムなども、基本的に「個」あるいは「子」であるということから始めて、自分がいかに親から自由になるかを考えている。政治的にも、そういう立場を正義だと考えている知識人はすごく多い。しかし、そこで「親」であることから始めると、子をどう生み出すかを考えることになります。さきほどの、周りにたくさん貸しをつくる話は、いわば、たくさん子どもをつくるということです。子どもをいっぱいつくっておけば人生なんとかなるというのは、人生の基礎的な保険ですよね。自分の分身をばらまいておくと、確率的にそれなりに機能する。それは、ぼくから見れば、親の立場の思想です。ぼくはそういうタイプの思考が大切だと思っています。

小川 親的なひとがばらまくひとなのはそうだとしても、そのばらまかれたひともまたばらまくことがありますよね。『その日暮らしの人類学』にも書きましたが、タンザニアに行ってほんとうに驚いたのは、みんなだれかに貸しがあると同時に借りがあることです。日本だと、だれかにたくさんお金を貸しているけど、同時に借金もすごくあるということはありえない。貸しているものを取り立てて、借金を返せばいいと考えるはずです。でもタンザニアのひとたちにとって、それは望ましくない。むしろ、たくさんのひとから借りているからこそ貸せるわけだし、貸せるひとだからこそ借りられると考える。彼らの世界では、ばらまく中心とばらまかれた子どもたちという構造にはなっていない。だれかにばらまいているひとは、おなじようにばらまかれてもいる。

いいですね。それはぼくの関心で言うと、「世代」の問題になるかもしれません。ぼくたちは存在しているだけで親や先行世代から莫大な贈与を受けています。その贈与を次の世代につなげることでしか人間は存在しない。

小川 遅延的互酬性ですね。

ただ、いまの時代はそういう考え方を嫌うようになっています。人々は親からの贈与ですら負担だと思っている。それをきっちり返して貸し借りゼロにするのが望ましいということになると、当然のことながら、子どもに贈与を与えること自体も倫理的に良くない暴力だという議論になる。反出生主義がそういう議論ですね。とにかく次の世代に負債を残さないということが、強力な倫理として働いている。

小川 変ですよね。どんな贈与も返礼も、過剰だったり過少だったりします。だからこそ人間も存在するし、社会も世代も回っていく。

環境問題も同じパラダイムを共有しています。最近は「炭素中立」とか「気候中立」という表現がありますね。中立がいいことになっている。

小川 人類学者のアナ・チンが書いた『マツタケ』もそういう発想だと思います。マツタケって日本では高級食材ですよね。でも、マツタケは資本主義経済の進展によって荒廃したオレゴンの大地でも育つんです。それは人間以外の生物種によって生み出された世界です。そして、そこに住むヒッピーのような自由民がそれを採集している。資本主義経済が廃棄した場所で人間と人間以外のマルチスピーシーズ(複数の生物種)の協働によって生まれたマツタケが、なぜか高級食材になって新しいグローバルフローを生んでいるわけです。そこでクリーンに経済を回すだけになってしまうと、不確実に胚胎するかもしれない過剰なものや新しい経済も生まれてこない。だから、地球資源ときっちり向き合って負債なく生きていこうとするより、過剰であるか過少であるほうがいいのではないかとわたしも思います。なにかちょっと不備があったり腐敗したりしている大地に、つまり、すべての不確実性を規格化し、そうして資源を競争原理で簒奪していく資本主義経済によって死にかけた大地に、マルチスピーシーズによるコモンズが胚胎していく。資本主義経済がその偶発的な多種間の営みを取りこぼしていくのが希望なのです。

人間は死ぬと死体が残りますが、言ってしまえば文化も死体のようなものです。死体を残すことで文明は進んでいく。ハイデガーと死についての話をしましたが、本当は死にとって大事なのは葬式ですよね。死ぬのはひとりかもしれませんが、その死体はだれかが処理しなければならないし、葬式もだれかがやらなければならない。そもそも人間とはなにかを考えると、意識のあるぼくが死ぬことで終わりではなくて、葬式のときもぼくはある意味で生きていると言えるんじゃないでしょうか。

小川 そうだと思います。

個体ではない、複数の人間の連続性のなかの「わたし」のようなことは、西洋哲学のなかではあまり考えられていません。でも、さきほども言ったように、そもそもひとは生まれるときには複数性のなかで生まれてくる。死においても、周りのひとたちが死体を受け継ぐという意味で、やはり複数性のなかにいる。

小川 仮にわたしが子孫を残さずにひとりで死んだとしても、わたしの死はわたしひとりのものだとは思いません。

当然そうですよね。小川さんの分身みたいなものは、すでにあちこちにいる。人間とはそもそもそういうもののはずです。人間がひとりであることから始めている哲学は、なにか根本的にまちがっているのではないか。そう考えているので、今日は小川さんとお話しできてとても嬉しいです。ただ、ぼくはふつうの意味では、小川さんよりもはるかにひとづきあいが苦手なひとなんですが(笑)。

霊と連帯

ところでマルセル・モースの『贈与論』ですが、経済の本だと思っているひとが多いですね。むろん経済の話といえば経済の話なんですが、実際に読むと中核はスピリチュアリズムに近い。贈与とは、物に霊が宿ることだという話ですよね。

小川 わたしもそう解釈しています。

そこで話を少し広げたいと思います。さきほどの人間は個体ではないという話にも関係しますが、日本の神道では霊はひとつなんです。基本的に、ひとが死んだら個人の魂はオリジナリティを失い、大きな「御霊」に統合されることになっている。靖国神社でA級戦犯を分祀できないのも、それが理由です。御霊が統合されているので、A級戦犯だけを取り出すことができない。

小川 混ざりあってしまっているんですね。

政治的に危険な概念ですが、とてもおもしろい。日本においては、霊になると個体性を失ってみなが一体になる。霊の問題と、個体性を超えたものの問題、そして贈与の問題がすべてつながっている。

小川 わかります。祖先もそうだし、わたしたちが神様と呼んでいるものにも、なんとなくそんなものがあるように思います。御霊みたいな考え方にも、いいところはあるのかもしれません。

なるほど。ぼくも御霊の発想はなかなか大事なのではないかと思っています。それはべつに日本特有のものではなく、ネーション・ステートというのも御霊的な概念だと思う。ナショナリズムは宗教に近い。人間は自分がなにか大きなものの一部だと思いたいし、またそれは必要でもある。こういう問題に着目すると、リベラルからは放逐されてしまうわけですが(笑)。

小川 わたしも「あれはアナキストだ」とガン無視されていると思います(笑)。自分はどちらかというと左派だと思っていたのですが、最近、左派やリベラルのひとたちが言っていることにはピンと来ないことも多くて。だからと言って、右派のひとたちが言っていることに納得するかというと、そちらもよくわからないのですが。

わかります。日本ではなぜか右派のほうが「地元が大切」とか「人間関係が大切」とか言っていて、そこで左派とすれ違ってしまうのですよね。そういう感情は左右の対立とは関係なく大事なもののはずなのに。

小川 大事ですよね。

左派はむしろ人間関係がない連帯を目指している感じがします。冷戦崩壊で共産主義という理論的支柱がなくなったあと、左派には個々のイシューしかなくなってしまった。そのイシューをなんとなく緩くまとめるために、ネグリとハートは「マルチチュード」という言葉を編み出したわけですが、これはひとことで言えば、連帯の内実となる理論はもはや存在しないので、連帯するのが大事という話です。いまだとハッシュタグデモなんかがその例です。

小川 「現行のアクティビズムはこれ」みたいなノリですよね。ちょっとした失言ですぐに不買という話になるのは怖いなと思います。もちろんわたしだって、「なんて酷い意見なの」と不快に思うことは多々あります。その意見はぜひとも思い直して欲しい、傷ついた人に対して謝ったりして欲しいと思うことはあります。でも、失言を即座に断罪する動きにはどうしてもついていけないです。異なる意見をもつ人とすぐにわかりあえるとは思いませんけど、人は意外なきっかけで良い意味でも悪い意味でも豹変するし、私だって豹変しないとも限らないし、その人それぞれの偶然の変身に賭けることをできる限り諦めたくないと思っています。たぶん反-設計主義なのだと思うのですが、それで回ると信じるのはユートピア的だという批判は甘んじて受けます。

ハッシュタグ的な連帯は、小川さんが述べた「分人的なシェア」といっけん近いようにみえて、本当はかぎりなく遠いものだと思うんです。ハッシュタグでは貸し借りは生まれない。でもぼくは本当の政治は、「こちらはこれだけ時間を使ったのだから、あなたもちゃんとやってくれ」という、それこそ貸し借りの関係が基本になってはじめて成立するものだと思います。いまのハッシュタグデモには、RTをいくつされましたという数字しかないんですね。

福冨 まさに、スケール化の問題ですね。

インフォーマル経済の組織論

小川さんの「人生の保険」の話は、組織論にもつながると思いました。斎藤幸平氏の『人新世の資本論』はおもしろい本でしたが、結論が「一人ひとりが消費者として自覚すればなんとかなる」というもので、組織論がないところに不満を覚えました。ほんとうに資本主義を変えたいのであれば、小さくてもいいからオルタナティブな組織を作るしかない。そこらあたりはどうお考えですか。

小川 インフォーマル経済は組織がなくても生まれるものだと思います。組織でなければダメなのでしょうか。

組織というのはフォーマルな組織のことではありません。ぼくはむしろ、小川さんが描いたような個人間にあいまいな「貸し借りがある」状態というのは、組織がインフォーマルだけど持続するということだと理解したんです。たくさんの人々=細胞が完全にばらばらに動いているのではなく、相互に関係があって、秩序が生まれ、それが持続していく。貸し借りがあるということは、時間的な継続が生まれるということですよね。

それがひとつの理想なのは同意します。ただ、そのモデルには致命的な欠点があると思うんですよ。せっかくなのでまた『寄生獣』を例に出すと、作中の設定だと、パラサイトの脳も、手や歯と同じように毎回いろいろなところで生成するはずなんですね。しかしではその記憶はいったいどこに宿るのか。

小川 なるほど。

『寄生獣』という作品だと、ミギーという名前のパラサイトがいて、それがずっと一貫した人格をもって存在しているのでごまかされてしまいますが、もし本当に設定どおりすべてが幹細胞でできていて毎回その一部が脳細胞に分化して脳が生成するような生き物がいるとしたら、どこにも記憶が残らないはずだと思うんです。

小川 その場合の記憶は外部にあるんじゃないでしょうか。『ゲンロン12』の論考でも言及しているのですが、わたしは感情史の議論にとても興味を持ちました。人類学では必ずしも感情を身体のなかにあるものだと捉えない社会を扱ってきました。「戦士が震えるのは臆病風が乗り移ったからだ、ゆえに臆病風を取り除けば戦争に行ける」という発想で、感情を外的なものとして考える社会もあります。「わたし」を統率している感情や記憶は、ほんとうに身体のなかにあるのか。もしかして外部にあるものを内部にあると勘ちがいしているのではないか。ならば、外部メディアにおける記憶や感情みたいなものを、あたかも内部メディアにあるかのように操作できればいいのではないかと考えたことがあります。

福冨 身体知が外部化されているという話ですね。質問なのですが、小川さんが調査された行商人の身体知というのは、どのていど継承されるものだったんでしょうか。行商人コミュニティでは、成員は出たり入ったりするわけですよね。

小川 彼らの「狡知」は、完全に個人の経験で育まれたものですね。それぞれの身体に即して、どう動くかが決まります。

身体知が個人にとって外部化していたとしても、それを守るためにはやはり共同体が続くことが大事ということになるのではないでしょうか。キャラクターの名前に掛けて冗談としていうと、少なくとも現状では、記憶を大切にしているミギー(右派)のほうが、記憶をもたない「ヒダリー」(左派)よりも強いような気がします(笑)。

小川 こちらこそ刺激になりました。そもそもインフォーマル経済といっても、全体の経済規模を国に換算したらアメリカに次ぐ第2位になるという試算があるくらいです。世界は先進国の金融資本主義によって動かされているかのように考えてしまいますが、東南アジアやアフリカ、中南米やインドといった地域を考えてみれば、インフォーマル経済の規模はとても巨大なんです。それは別にマイノリティでもなんでもなく、経済の主流であり、その意味ではきちんと持続しているものでもあります。インフォーマル経済の研究には大きな可能性があると思っています。

イベント当時の様子。左から福冨渉、東浩紀、小川さやか

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